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お徒歩三昧の日々あれこれ

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雨が降ったりやんだりの午後。夕方ころ台風が関東を直撃するという。
その気配が濃厚となってきた。
そんなことからNHKの講座を早めに切り上げることになった。
ちょうど午後1時。

そこでお墓参りに行こうと思い立ち山手線に乗って上野駅へむかった。
今井金吾先生の墓参だ。
春のお彼岸、5月の1周忌にお参りしているから今年3回目。

上野から地下鉄銀座線に乗り田原町で下車する。
足早でなら墓までは5分とかからない。大通りから横道に入りすぐのところにその寺はある。
浅草寺町の数多い寺のなかのひとつ。曹洞宗のお寺だが宏大でないところにかえって趣がある。
境内はいつきてもすっきりしている。 

「お点けしましょうか」
カジュアルな装いをしたご住職が線香に火をつけてくれる。
本堂の裏手が墓地。塀に囲まれた墓域にあふれるようにして墓がある。
どの墓もきゅうくつそうだ。今井家の墓もそれに倣っている。

雨が墓を洗い、墓石は清々しいように光っている。
香花を供え線香をあげる。
報告することは何もないので、
墓にむかい合掌し、ただ一言「来ましたよ」と、そのあといつも通り「般若心経」をあげた。


今井先生墓② 
  清々しい墓。ここに、こういたしますことお許しあれ!

墓は何のてらいもないさらっとしたものだが、
そこにこそ今井金吾の人格が反映されているような気がしないでもない。しみじみ思う。
生前に先生がご自身で墓石を選び造らせたものだ。
右側面にご両親と奥様と今井先生の戒名が刻まれている。

戒名は「金文吾乗居士」 。院号がないのも先生らしくていい。
金吾の「金」と「吾」がはいり、全体にどことなく颯爽としている。
今井金吾の名のかっこよさが投影されているようだ。

寺は江戸時代、創建24年ほどで八丁堀から浅草(浅草八軒寺町)に移ってきたものという。
先生は幼少時、神田で育ったといっていたから、
ご先祖とのつながりが、それとなくうなずけた。
ついでにひとつ聞いてみょうと、
「そういえば、今井先生のご先祖は上州群馬の坂本らしいですね」
生前、今井先生から聞いていたことをかいつまんで問うと、
「いや、戦争で寺も過去帳も焼失してしまって、過去のこととなると…」
若いご住職はさらりと言いのける。 あまりにもさらりと言うのだ。
そこで「ひょっとしたら…」と思った。
先生は今井のル-ツを明かしたいと口癖にしていたが、
いっこうに事が運ばなかったのは、こんなところにもあったのかもしれない。
ついに記すことなく逝ってしまわれた。
ご遺族もそのことを残念に思っている。

寺をあとにする。空模様がどんどんあやしくなる。
3時を過ぎると一段と雨がしぶき、しぶとそうな風もくわわってきた。
江古田駅に着いたらまさに台風、猛り狂うほどの暴風雨になっていた。
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